OTAMA STORY オオタマノータスな人々 # 02

挑戦の種は、自分の中にある。エゴマづくりに挑む渡辺敏雄さんの「農+」。

インタビュー
2026.10.14
渡辺 敏雄さん

渡辺 敏雄さん

大玉村エゴマの会 代表

福島県大玉村出身。60歳の頃に経験した病気をきっかけに健康への関心を深め、エゴマの栽培に着目。耕作放棄地の活用も目指し、2017年に「大玉村エゴマの会」を設立。現在は同会の代表として、エゴマの栽培や加工品開発、普及活動に取り組むほか、菊芋やヤーコンなど、新たな作物への挑戦も続けている。

大玉村の渡辺敏雄さんのご自宅を訪ねると、倉庫の軒先でエゴマを広げ、乾燥させている姿がありました。

「ちょうど今くらいから収穫が始まるんですよ」

10月に入り、エゴマは収穫の季節を迎えています。渡辺さんは、収穫したエゴマを乾燥させながら、作業の様子を教えてくれました。渡辺さんは「大玉村エゴマの会」の代表。仲間とともにエゴマの栽培や加工、商品開発などに取り組んでいます。

もともとは建築の仕事をしながら米づくりを行っていた渡辺さん。そんな渡辺さんが、エゴマという新しい作物に出会ったきっかけは、ご自身の健康への関心でした。

「自分の身体を大切にしたい」そんな、とても身近な思いから始まった挑戦が、やがて仲間を増やし、大玉村の農業に新しい可能性を育てていきました。

病気をきっかけに出会った、小さな一粒。

渡辺さんが自身の健康を強く意識するようになったのは、60歳を迎えた頃のことでした。大きな病気を経験し、それまでの生活を振り返るようになったといいます。

「ある程度、暴飲暴食していた部分もあったから。生活習慣を改善しようと思ったんですよ」

そんな頃、渡辺さんは農業委員として、地域の農地に関わる仕事もしていました。農業委員会には、定期的に農業新聞が届きます。ある日、何気なくその新聞を読んでいた渡辺さんは、一つの記事に目を留めました。そこに紹介されていたのが、エゴマでした。

エゴマは、シソ科の植物です。種子から搾ったエゴマ油には、オメガ3系脂肪酸の一種であるα-リノレン酸が豊富に含まれ、健康志向の高まりとともに注目されている作物でもあります。

「自分が病気をしたじゃないですか。生活習慣を改善しようと思って。成分自体もいいものだから、これはやらなくちゃならないなって」

それまで米づくりを中心に農業に関わってきた渡辺さんにとって、エゴマは初めて挑戦する作物でした。

けれど、興味を持った理由は難しいものではありません。自分の健康のために、何かできないだろうか。そんな思いが、エゴマづくりの始まりでした。

自分のための挑戦が、村のための挑戦に。

一方、農業委員として活動していた渡辺さんには、もう一つ気になっていたことがありました。

地域の耕作放棄地です。

農業を続ける人が減り、使われなくなった農地をどうすれば活用できるのか。そこで渡辺さんは、農業委員会の事務局に相談しました。

「こういうものがあるんだけど、耕作放棄地を解消できないかなって」

自分の健康のために興味を持ったエゴマ。その栽培が、地域の農地を活かすことにもつながるかもしれない。相談をきっかけに、仲間とともに栽培方法を学び、試行錯誤を重ねることになりました。

「2年くらいは、いろんなことを模索しながら、講習を受けながらやって」

そして2017年、「大玉村エゴマの会」が発足しました。現在、実際に活動する会員は約10人。共同圃場と各会員の農地を合わせ、約1.1ヘクタールでエゴマを栽培しています。最初は手作業が中心だった収穫も、村の支援を受けながら機械や設備を導入し、少しずつ生産体制を整えてきました。

自分の健康への関心から始まった小さな挑戦が、仲間を増やし、地域の農業へと広がっていったのです。

エゴマから、もっといろいろなものへ。

エゴマの会では、収穫したエゴマを油に加工するだけでなく、さまざまな商品づくりにも取り組んでいます。エゴマ油はもちろん、搾油後の実を活用したパウダー。さらに、村内の事業者と協力し、パンやシフォンケーキ、柚子味噌など、エゴマを使った加工品も生まれています。

こうした商品を紹介する「エゴマフェア」も開催してきました。栽培するだけでなく、加工して、商品にして、食べてもらう。一つの作物から、いろいろな可能性が広がっています。

そして、渡辺さん自身の好奇心も、エゴマだけにはとどまりません。

「それから、菊芋やってみたり、ヤーコンやったりしているのが今の現状ですね」

エゴマをきっかけに、健康への関心から新しい作物にも挑戦するようになりました。菊芋は、保存や調理のしやすさも考えて粉末に加工するなど、食べ方の工夫も続けています。一つの作物に興味を持つ。育ててみる。もっと食べやすくする方法を考える。別の作物にも挑戦してみる。そうして、渡辺さんの農業には少しずつ新しいものが加わってきました。

「農に、なに足す?」

オオタマノータスが掲げるこの問いに、渡辺さんは「健康」という、とても身近な答えを見つけたのかもしれません。

変わらない安達太良山の風景。

渡辺さんは、大玉村で生まれ育ち、長くこの土地で暮らしてきました。そんな渡辺さんに、大玉村の魅力について尋ねてみました。

日々の暮らしの中では、あまり意識することもないのかもしれません。それでも、話を聞いていくうちに、渡辺さんが大切にしている風景が見えてきました。

安達太良山です。

「あの山はいいですよ。これを見ると、本当に元気が出るんですよね」

大玉村のどこにいても、その存在を感じる安達太良山。季節によって表情を変えながら、昔から変わらずそこにある山です。毎日見ているからこそ、特別なものとは感じないのかもしれません。けれど、その風景が、日々の暮らしを支える力になっている。渡辺さんの言葉からは、そんな土地への愛着が伝わってきました。

耕作放棄地を何とかしたい。その思いの背景にも、生まれ育った大玉村の美しい風景を、これからも残していきたいという気持ちがあったのかもしれません。

自分の身体を健やかに保つこと。

自分が暮らす土地を健やかに保つこと。

渡辺さんのエゴマづくりには、その二つの思いが自然に重なっているように感じられます。

挑戦の種は、自分の中にある。

「挑戦」という言葉を聞くと、何か大きな目標や、社会を変えるような志が必要だと思ってしまうことがあります。

地域の課題を解決したい。新しい価値を生み出したい。誰かの役に立ちたい。

もちろん、そうした思いから始まる挑戦もあります。けれど、最初からそんな大きな目的を持っていなくても、何かを始めることはできるはずです。渡辺さんの場合、その出発点は自分自身の健康でした。

病気を経験し、食生活を見直そうと思ったこと。農業新聞でエゴマという作物を知ったこと。その小さな興味が、仲間との出会いにつながり、エゴマの会が生まれ、加工品が生まれ、今では新しい作物への挑戦にもつながっています。

自分のために始めたことが、いつの間にか誰かのためにもなっている。そんな挑戦の形があってもいいのではないでしょうか。

エゴマの種は、とても小さな一粒です。けれど、その一粒から芽が出て、葉を広げ、やがてたくさんの実をつけます。私たちの中にある、ささやかな興味や好奇心も、きっとそれと同じです。何かを始めるためのエネルギーは、案外、自分の中にあるのかもしれません。

「あの山はいいですよ。これを見ると、本当に元気が出るんですよね」

渡辺さんがそう語る安達太良山は、今日も変わらず大玉村を見守っています。

変わらない風景の中で、新しい挑戦が芽吹いていく。

その始まりは、誰の中にもある、小さな一粒なのかもしれません。